英語独学虎の穴  2011年04月

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英語で情報を得るという喜び

ここでついでにリーディングについて少しだけ。

インプットだけでは英語は口からあふれ出してこないということに気づき、それまで中心に置いていた映画やドラマのリスニングはやめていたが、それでもインプットが大切だということはわかっていたので、読書はずっと続けていた。

最初は小説から入ったが、実は実用書のほうが読みやすいことを発見して、以来そればかり読んでいた。実用書が読みやすいのは、小説と違って抽象的な表現が少なくて具体的だから。

中でも自己啓発の分野の本は特に読みやすい。日本語の本でもそうだけど、この手の本はそもそも難しいことが書かれていない。基本的に、あんたこういうとこあるでしょ?それじゃだめよ、もっとこうしなさいよというお話のオンパレードなので。

カーネギーをきっかけに、ブライアン・トレイシーとか、日本でも大ヒットした「7つの習慣」とか

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ただこの頃になると、そういうのもいい加減うんざりしてきたので(だいたい言うことは同じだから)、もうそろそろ本当に読みたいと思うものを読もうと考えた。

自分の場合は、興味の中心はやっぱりどうやって人に教えるかとか、いかに人のやる気を引き出すかということにずっとあったので、この頃少しずつ話題になり始めていた「コーチング」(一方的に教え込むのではなくて、人が自ら問題を解決する力を育てるのを助けるというアプローチ)について学ぼうと思い、「coaching」というキーワードで探してAmazonで一冊試しに買ってみた。


読んでみると、考えていたものと違って、職場の仕事効率を上げるために部下にどう接するかという話がメインだったけれど、それでも自分の抱えている課題と通じるところは多かったし、使われている具体例などがいちいちしっくり来て、理解を大きく助けてくれた。

ずいぶん前のことになるけれど、自分が初めて読んだ英語の本は「My Humorous Japan」というもので、語彙も十分にない段階でいきなりこれが読めたのは、十分に背景知識を持っている、日本に関することが書いてあったためだというお話をした。

自分が深く関わっている分野、興味がある分野であれば、持っている背景知識はこの比ではない。


何より、これまではリーディングをするときにいつもどこかで「英語の勉強のため」という意識があったのだけれど、こうして関心が深いものを読むことで、日本語の本を読むのと同じように、英語で直接情報を得られることになる。まだそれほど日本で知られていないことをいち早く手に入れられるという喜び。

そして言うまでもないが、英語で書かれたものを一冊読みきったときの充実感は凄いものがある。さらに一冊読み切るきることで、そのテーマでよく使われる単語や基礎となる考えなどが頭に入るので、次から同じテーマの本がもっと読みやすくなる。こういう循環で、読むごとに負荷が軽くなっていく。

多くの人が力がつくと勧める英字新聞の記事などを読むのは、本当に英語のためだけにやっている感じで相変わらず苦手だったが、自分が読みたいと思うものであれば不思議と読み続けることができた。英語を読むという行為は、それ自体パワーが要るので、本当に読みたいと思っているかどうかというのは大きいと思う。


だからある程度英語が読めるという方は、ぜひ自分のお仕事に関することや、あるいはそれについては何時間でも語れるような、自分が詳しいこと・好きなことに関する本を読んでみてください。きっと世界が広がると思います。専門用語はそのまま使われていたりしますしね。

Amazonで関連するキーワードを入れて調べるだけでも結構楽しいと思います。いつかこれを読んでやろうとかね。

ー続きます。

このところなかなか思うように更新できませんが、
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.28 2011 アウトプット3 話せるようになるまで編 comment0 trackback(-)

遅れてきた精読期

ここで文法を学んでから、自分の中で一番変わったのがリーディングで、これ以来文を分析的に読む癖がついた。いわゆる「精読」という読み方。そうやって読むのが面白くてしょうがなかった。大学受験の時にみんなが盛り上がっていたのはこれだったのかと。

このために、それまでの流暢さに重点を置いた「ふわふわ理解」スタイルからは一転、読むのにずいぶんと時間がかかるようになったが、一段レベルアップするためにもこういう時期が必要だったのだと思う。

例えば「英文法講義の実況中継」の最初に

This is all the scientist can do.

という例文が登場して、この文を、単語の意味をとってそれをなんとなく並べて「これは全ての科学者が出来ることだ」のように解釈してはいけない、ちゃんと構造を考えましょうという導入で始まるのだが(同じように読んでしまったという人は本をお読みください)、

以前の自分であれば、恥ずかしながらもろにこの「ダメな例」のように意味をとって、他との兼ね合いで解釈を修正する(あるいはできずに終わる)という読み方をしていたが、文の構造をとらえることができれば、こういう時に解釈に必要な文法知識に照らし合わすということができるようになる。

もちろん全部の文をいつもそうして分析的にとらえなくちゃいけないというわけじゃない。「速く読む」「正確に読む」、それぞれの練習を十分に積むと、普段は流ちょうモードで速く読み進み、「あれ?これどういう構造だろう」というような文に出会ったときに、頭の中の引き出しに入っている文法知識を参照して正確に解釈するということができるようになる。

これでバランスがとれるようになると、「速く正確に」ということも夢ではなくなる。

あともう一つ、この分析的な読み方はTOEICの文法セクションでも大いに役立つ。しっかり自分で根拠を示して答えることができるものが増えて、正解率が上がるはず。


前にも言ったけれど、正確さと流暢さはトレードオフの関係にあるので、両方いっぺんにということはできなくて、どちらかを犠牲にせざるを得ない。

時期によって、正確さを大切にする時期、正確さは犠牲にしても速く読み進めることを目指す時期を作る必要があると思う。もちろんそれぞれに時間を取って、両方のトレーニングを並行して進めてもいいが。

自分の場合、長いこと流暢さを目指してかなりいい加減な理解できていて、ここでようやく正確に読むことの大切さに目覚めた。これをお読みの方は、僕とは反対に正確に読むのが好きという方のほうが多いだろうが、そういう人はそういう人で、ある程度正確さを犠牲にして速く読む訓練を積む時期がどこかで必要になると思う。

つまり「速く正確に」という境地に達するために、速読も精読も結局はどちらもやらないといけないということ。


だからよく「文法なんていらない」という宣伝も見たりするけれど、やっぱりやったほうがいい(自分の場合は単語も軽視していて、そのお陰であとで苦労することになったのだけれど)。

英語の勉強を続けてきてつくづく思うのは、結局どういう順番で進めるかの違いでしかなくて、最終的には全部必要になるということ。「~なんていらない」なんてのは大抵ウソで、全部いる。というか、やったことは必ず身になる。

というわけでここで文法の勉強をする機会を持ったことは、自分にとって大きな転換期となったが、ただこれによって話せるようになったわけではなかった。話せるようになるまでの道のりの、なんと険しいことか。

ー続きます。

順位が上がったら更新しようと思っていたところ、上がるどころか下がってしまいました。続きが読みたいという方はクリックで教えてください。
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.22 2011 アウトプット3 話せるようになるまで編 comment0 trackback(-)

シンクロ読みの置き土産

それともう一つ、ここでしっかり文法を理解する助けになったのが、なんとあの大量に重ねたシンクロ読みだった。

初めてネイティブが話す英語を聞いたときはとにかく速いという印象しかなかったが、それをこまかく真似しようとじっくり聞いてみると、実は彼らはずっと高速で話し続けているわけじゃなくて、ところどころ「間」を作っていることに気づく。

そしてその「間」は適当にではなく、相手に自分の言わんとすることが伝わりやすいように、意味のかたまりごとに作っている。

こういうことは、ただスクリプトを眺めているだけではわからない。何しろ単語と単語の間には均等なスペースがあるだけだから。また、自分のペースで音読しているだけでもなかなか気づかない。ネイティブのお手本を繰り返しきいて、細かいところまで再現しようと努力することで初めて見えてくるものだと思う。


自分のケースでは、音読の質を上げようとする中で「どこで区切っているか」に敏感になり、それを真似しようとするうちに、その間の作り方のパターンがいつの間にか身に付いていた。さらにそうしようとわざわざ意識せずとも、単語をバラバラではなく意味のかたまりごとに把えるということも。

そういうことができるようになった上で文法を学ぶことで、それぞれのかたまりが持つ役割がクリアーになって(どこが主語のかたまりで目的語のかたまりでなど)、そのお陰で文の理解が一気に深まったように感じた。


さらにこういうことを意識するようになると、読んだり聞いたりするときにも、「ずっと大きな主語のかたまりが続いているからそろそろ動詞が出てくるのじゃないか」と待ち構えられるようになる。

つまり来たものに対応するんじゃなくて、これが来るだろうと予測できるようになるということ。そうなると読んだり聞いたりするときも余裕が生まれるようになるし、これによってもまた理解の精度は上がる。

まさかシンクロ読みがこんなところで役立つとは。こうやってバラバラにやってきたことが、意図しないところで結びつくというのは、勉強をしていて最高に嬉しい瞬間だ。


もし今音読トレーニングをやっているという方は、ぜひ細かい間に注目して、それを再現するようにしてみてください。例えば一つの文をネイティブが発音するのに10秒かかるというときに、やみくもにダッシュで読んで無理矢理10秒に詰め込むのではなくて、彼らが作っている間も再現して10秒に収めるということ。

きついですけどね、力つきます。


ー続きます。

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.18 2011 アウトプット3 話せるようになるまで編 comment1 trackback(-)

携帯のマニュアルと文法の参考書の関係

文法を後回しにするということについてもう少し。

参考書を使っての文法学習は、携帯電話のマニュアルを読んで知識を得る作業と共通するところがあるんじゃないかと思う。

新しく携帯を買ったときに、マニュアルを最初からじっくり読んで一つ一つ確認しながら進むという人もいるだろうが、基本的なことや最低限知りたいことだけ確認したらとりあえず使い始めるという人のほうが多いのではないだろうか(それは基本的な操作は共通しているので、だいたいわかっているという前提がもちろんあるのだけれど )。

そうしてしばらく実際に使っている内に、これ不便だなとか、これどうなってるんだろうと自分なりの疑問や不満が出てきて、そこでマニュアルを読んでみると、ものすごくよくわかったという経験はないだろうか。わかっていると思っていた機能に、もっと便利な使い方があるのを知って感動したり。

なぜかと言うと、そうやって課題を持った上で当たることで、マニュアルの情報に濃淡ができるから。どれが自分にとって必要な情報なのか、いらない情報なのか。

逆にそういう下準備なしで読もうとすると、全ての情報が均一に並ぶことになるので、それだけで負担が大きくなる。こうなると知識を吸収するのは、かなりの労力を伴う苦しい作業にならざるを得ない。実際に使ってみて情報に濃淡を作ることで、ここが遥かに楽になって効率も上がる。

もう一つ、先に十分に使った体験を持つことで、マニュアルの説明を読んだときに、「あぁあのことを言ってるのね」と、具体的に使っているシーンをイメージすることができて、それが理解を助けてくれるということも言えると思う。

つまりきちんと理解をするためには、十分なサンプルが頭に入っている必要があるんじゃないかということ。それなしにいきなりマニュアルから情報を得ようとすると、どこか実体のない、ぼんやりとしたものになってしまう。

さらにもう一つ言うと、実際に使う中で困ったことを解決しようというスタンスで取り組むことになるので、当然そこで得た知識は「マニュアル上で知って終わり」じゃない、実戦ですぐに使えるものとなる。


英語の進め方もこれに近いことが言えるんじゃないだろうか。

日本の学校で英語の教育を受けたという人なら 「だいたいの理解」をするのに必要な基礎知識は頭に入っているはず。だからいきなり大量のインプットに進んでしまってもいいと思う(ただし完全に忘れてしまっているという場合は、使うどころじゃないと思うので、その場合は薄い文法の問題集を一通りさらっと復習したほうがいい)。

そして散々英語に触れた上で、浅い理解では物足りないと感じるようになったらそこで文法をしっかりやってみる。

こうすると今言ったように情報に濃淡ができ、それによって楽に知識を吸収できるようになるし、単に参考書の中だけのお勉強じゃない、自分の経験ときっちり結びついた実際に使える武器となるように思う。

どうしても文法が理解できないという方、もしかしたら昔の自分と同じようにインプットの量が足りていないのかもしれません。

ー続きます。

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.15 2011 アウトプット3 話せるようになるまで編 comment0 trackback(-)

文法やり直し

話せるようになるためのカギは文法にあるんじゃないかとにらみ、昔受験で使った「英文法講義の実況中継」で本当に久しぶりに文法の復習。

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やってみて驚いたのは、学生のときにやったときとは比較にならないぐらいよく理解ができたということ。書いてあることがいちいち腑に落ちたというか。

確か高校一年の時に補語だの目的語だの、あるいは文型だのということを習ったのだが、実を言うと当時はよくわかっていなかった。その必要性も。中学までは楽しくやっていたのに、どうしてこうやってわざわざつまらなくするのかと。きっと高校の英語なめんなよというところを見せるためにわざとやっているんだろうと考えていて、そのせいで英語が嫌いになったぐらいだった。

でもこうして20年ぶりぐらいにやり直してみてそのありがたさがよくわかった。「あぁ、それぞれの単語の役割を意識することで、どこが主語で目的語でと意識することで、文は正確に読めるようになるものなのか」と感動さえした。文法はテストの問題を解くためにあるんじゃなく、普段使うためにあるんだということにようやく気づいた(だいたいいつも気づくのが遅い)。


それにしても同じものを読んだのに、学生時代にわからなかったことがここで理解できたのはなぜだろうか。

これには恐らく、約2年半に渡る勉強の日々を通じて大量の英文に触れてきたことが大きく関係していると思う。自分の理解を大きく超えていた映画のリスニングはカウントされないだろうが、音読に没頭した時期を含めて映画の聞き流しまでにやったこと、そして並行して続けてきたリーディングも全部合わせたら結構な量になっているはずだ。いい加減な理解だったかも知れないが、触れてきた量だけはかなりのもの。

そうして散々英語に触れてきて、こういうときどういう意味になるんだろうという自分なりの疑問や、浅い理解しかできないことに対してもやもやしたものがたまっていて、そこで文法を一から学ぶことで、それらが一気にすっきり解消されたという感じ。

つまり読む、聞くという実際に英語を「使う」経験をたくさん持つことによって、文法を受け入れる態勢がようやく整ったのだと。


こうして考えると、文法をきちんと理解するためには、それまでにその対象となる言語に十分触れている、そして実際に使う経験を持つ必要があるんじゃなかろうかと思う(もちろんそのためにも基本的なところは頭に入れておく必要はある)。

逆に考えると、文の構造などを本当に理解するためには、中学の3年間ぐらいのインプットぐらいでは足りないということではなかろうか。振り返ってみると、「聞く」ことは言うまでもなくゼロだし、唯一できた「読む」ことだって、大した量は読んでいない。つまり使った経験が絶対的に少ない。

もちろんそうして使った経験が乏しくても、いきなり概念として頭で理解出来るという人もいるのだろうが(というかそれが大多数なのだろうが)、自分の場合は実際の英語とまったくつながらず、実戦とは切り離された、テストのためのムダな知識がまた一つ増えたぐらいにしか思わなかったし、理解もできなかった。


自分自身はこうやって進めてしまったので、もう今更他の方法と客観的に比べることはできないが、これはこれでありなのじゃないかと思う。つまりだいたいの理解でいいので、とにかく大量にインプット(特にリーディング)を重ねて、たくさん英語に触れた上で文法をしっかりやる機会を持つというやり方。

もちろんきっちり理解しないと気が済まない、中途半端な理解で進むことが許せないという人もいるだろうから、みんなに当てはまるとは限らないが。

とにかくどこかでやればいいんだということ。前にもお話したが、初学者の場合、英語を「使って」楽しめるという部分がなかなかない。できるとしたらリーディングぐらいでしょう。だからそれぐらいはいきなりきっちりではなくて、最初はだいたいの理解でよしとしておいて、スラスラ読めるようになって、でもその浅い理解で物足りなくなってきたらそこで文法をやるというやり方でいいんじゃないかと、個人的には思う。

ー続きます。

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.12 2011 アウトプット3 話せるようになるまで編 comment0 trackback(-)

魔法のカギを探す日々

ともかく紆余曲折あったが、インプットだけじゃいけないことにようやく気づき、そこで仕切り直すことに。

でもそもそも話せるとはどういう状態なのか。

以前オーストラリアに行ったときにやっていたような、前もって準備していたことを口から出すということならできる。でもそれと、相手の言うことに応じてアドリブでスラスラ答えて会話を進めることの間には大きな断絶があるように思った。つまり「前もって準備」方式を続けたところで、アドリブにはたどりつけないだろうと。

スラスラしゃべれるようになるには、きっとどこかにその大きなギャップを埋める魔法のカギのようなものがあるはずだ、それが「大量のインプット」なんじゃないかと思ってひたすらやってきたのだったが、どうやら違っていた。

そんなときに読んだ達人の本に、「通勤の電車の中で目に見えるものを全て英語で実況するとよい」というのがあった。そうしてイメージを直に英語にすることで、日本語を介さなくてもよくなると。

「日本語を介さない」、なるほどそういうことか。確かに自分は英文を作るときにいつも最初に日本語で考えていた。それがいけなかったのかと思って早速試してみたが、どうしても言おうとすることは日本語で頭の中に浮かぶし、考えても「There is a window...in front of me.」ぐらいしか言えなくて、すぐに嫌になってしまった。

今から考えると、それができなかったのは

・アウトプットを一切意識してこなかったため、聞いてなんとなく意味がわかるものは増えていたが、自分で使える単語が極端に少ない

・頭の中で文を組み立てるというトレーニングをしてこなかったため、組み立てるのに時間がかかりすぎて途中で嫌になってくる

・時間がかかる割に言えることがあまりにも幼稚なので気が滅入るし、つまらない

・そもそも興味がないことを実況するなんて苦痛でしかない

などの理由が考えられるが、

いずれにせよ実は色んな意味でとても負荷が高いトレーニングだということ。

これができるためには、限定されたテーマに関してはすでにある程度話せる(テーマが限定されれば、必要となる語彙も限定されるので難易度は下がる)、さらに日常の風景を英語にするのに十分な語彙がある(しかも会話で使えるレベルの)、というレベルまで達している必要がある。

この時点ではそのどちらも備わっていなかったのだから、こんな負荷が高いこといきなりできるはずもない。とにかく0から1に行くまでが問題だと思った。

英語の上達に関するアドバイスは本やネットでいくらでも手に入るが、初心者向けのもの、中級者向けのものなどがいっしょくたになっていて、なかなか判断が難しい。特に初心者にとっては。もうすでに2年半近く英語の勉強を続けてきてはいたが、話すことに関しては完全に初心者だったから。

じゃあどうすればいいのか。今までやってきて使えるようにならなかったのだから、これまでにやってきていないことの中にヒントがあるだろう。

そこで思い当たったのが文法だった。

文法に関しては学校で受けた英語教育の象徴みたいなイメージがあって、それどころかああいう机の上のお勉強ばかりやってきたから、会話で使えるようにならなかったのだろうと勝手に思い込んでいたので、ここまでほとんど無視してきていた。TOEICの前に仕方なくやるぐらいで。

もしかしたらそれがいけなかったのかも知れない。ちょっと腰を据えてやってみようと。

ー続きます。

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.08 2011 アウトプット3 話せるようになるまで編 comment0 trackback(-)

「大量のインプット」で注意すべきこと

ー前回からの続きです。

だから今から考えれば、同じインプットをするにしても、「この表現はこういう場面で使えないかな」などと実際に使うところを意識しながらやっていたらもう少し違っていたと思う。ただ、そういうことをしなかったのは、誰かと話す機会がなかったためだとも言える。つまり使う必要性を感じていなかったわけだ。

帰国直後はブラジル人の友達の顔を思い出しながら、彼に話しているところをイメージしたりしていたのだが、時間が経つにつれてそれもなくなり、いつしかアウトプットを意識せずにただインプットを重ねるだけになっていた。勉強のための勉強に。目標は使えるようになることだったはずなのに。


では毎日映画を一本見るなどして大量に重ねたその肝心なインプットのほうはどうだったか、それによってせめてリスニング力ぐらいは大幅に向上したかと言うと、こちらもかけた時間の割には得られたものは正直に言って大きいとは言えない。

これは「映画の聞き取り」が自分の理解を遥かに超えるインプットだったためだと思う。効率的にインプットの能力を高めるには、既に習得した言語能力に未習得の要素が少し付加された、実力+1のインプットをするといいのだそうだ。つまり実力よりちょい上のレベル。

得られた結果から考えると、映画の聞き取りは自分にとって+1どころじゃなかったということだろう(まぁそりゃそうだ)。テストのレベルでは結構いけていたから、つい調子に乗りすぎてしまった。まだ10年早かった。

だから残念ながらあれだけ時間をかけたのにも関わらず、結構な部分が聞き流して終わりとなったように思う。「聞き流し」に反対するのはこういう体験があってのこと。映画評論家は物凄い数の映画を見るが、それによって英語を使えるようにならないことでもわかる。

と言っても自分の場合は、聞き流すつもりなどさらさらなく、必死で聞き取ろうとしたのに流れていってしまったというのが本当のところだが(結果的としては同じだけれど)。

ただ、表情やジェスチャー、声のトーンなど、言葉以外の部分で感情や伝えたいことを汲み取る力はついたと思う。

あとは分からない部分があっても以前のようにへこまなくなった。それじゃきりがないから。わかるところだけをつなぎあわせて、それから表情など材料になりそうなものは全部利用して、なんとか言いたいことのだいたいの意味をとる、そういう「サバイバル術」は身に付いた(ような気がする)。


純粋に英語のリスニング力を高めるということなら、「映画をただ見る」前にやっていたような、日本語字幕や英語字幕を駆使しつつ一本の映画を繰り返し見ることで、「少しずつわかる面積を広げていく」ようなトレーニングを続けていたほうが、ずっと力はついたと思う。

こういうわけで、極めて順調にいった最初の3ヶ月から比べると、その後の2年あまりの日々(特に後半)は、「英語を使えるようになる」という目標から考えると、かなりの遠回りとなったと言わざるを得ない。

この失敗から学べることは三つ

使うことを意識しながらインプットすること
理解を超えたインプットは言葉の習得には寄与しない
難しいものを使うなら、内容を理解した上で繰り返すようにすること

ー続きます。

おかげさまでベスト10入りです。応援いただきましてありがとうございます。

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.05 2011 アウトプット3 話せるようになるまで編 comment0 trackback(-)

英語で夢を見る日

ー前回からの続きです。

勉強を再開して間もない段階で英語で夢をみることができた、それはオーストラリア滞在中、四六時中英語で言うことを考えていたからだと思う。

毎日ブラジル人の友達やホストファミリーと英語で話すのが楽しく、「今度はこれを話そう」と、前もって色々と考えていた。大昔学校で習ったこと、勉強を再開して以来重ねてきたインプットの中で得た知識の全てを総動員して、言いたいことを英語にする。そうして実際に組み立てた英文を、頭の中で何度も練習したり、実際に口から出してみたり。

もちろん彼らと話している時にはそんなことはできないから、部屋で一人になったときに。こう返されたら今度はこう言おうと、妄想しつつシミュレーションまで(その通りには行かないのだが)。アドリブでは口から何も出てこないので、そうして下準備するしか他になかったというのが本当のところだが、それが実はよかったのだ。

後で知ったのだが、そうして頭の中で言っている時の脳を観察すると、実際に話している時と近い活動をしているのだそうだ。

一人の時は本当に起きている間中、「これをどうやって言おうか」と考えて練習していたし、誰かといるときはそうやって練習したことを口から出していたから、実質一日中ずっと話していたようなものだったということになる。そういう状態が滞在中ずっと続いた。

このようにただ英語環境に身を置くだけでなく、常に英語を使う場面を想定し、そこで言うセリフを考える、そして実際に使うという体験を集中的に持ったことが、「英語で夢を見る」ということにつながったんじゃないか。

これも実際のアウトプットの機会があったおかげだ。使う必要性があったからこそ、それに迫られて本番に備えようと必死で考える。必要性というより「使いたい」という気持ちと言ったほうがいいか。


これに関して興味深い話があって、赤ちゃんは周りの大人(親)の話す言葉を長い時間聞き続けて、つまり大量のインプットを経ることで言葉を習得し話し始めるが、テレビを見せているだけではそうはならないのだそうだ。大量のインプットという点では変わらないのに。

なぜか。これは僕の想像だが、テレビ相手では「コミュニケーションをとりたい」という気持ちが生まれないからじゃないだろうか。

親と交流したいと思う気持ちが、そのためには話せるようにならなくてはという必要性があって、それによって言葉にできないうちから色々とあわあわ言ったりしながら頭の中で色々と練習して、ようやく話せるようになるんじゃないか。もちろんいきなり正しいセンテンスを作ることはできなくて、たくさんの間違いを重ねながら。

こうして考えると、話せるようになるためには「実際に使う」必要性を感じていなくてはならなくて、そしてそのための練習が欠かせないということになる。もちろん前提条件として、「大量のインプット」を外すことはできない。頭に入っていないものを出すことはできないのだから。

ー続きます。

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中島正博

Author:中島正博
塾で中高生に国語を教えていたが、33歳の時に一念発起して英語の勉強を開始し、3ヶ月間の猛特訓でTOEIC920点を取得。

このブログでは自身の経験を元に、英語を話したくても何も口から出てこない、ネイティブの話を聞いてもちんぷんかんぷんという「ゼロ」の状態からどうやったら「1」までたどりつけるのか、その方法についてお伝えしています。

資格:英検一級 TOEIC980点 

英語独学ガイド
大人のやり直し英語部 部長

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